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ジョアンジルベルト (ボサノバ)の死因となった病名は?妻や子供はいるの?

ジョアン・ジルベルト

 

「ボサノヴァの神」「ボサノヴァの法王」などと呼ばれ、ボサノヴァを創成したとされているジョアン・ジルベルト・プラド・ペレイラ・ヂ・オリヴェイラ(João Gilberto Prado Pereira de Oliveira)氏が、6日、リオデジャネイロの自宅で死去したとのニュースが入ってきました。

「イパネマの娘」で世界的に有名になったジョアン・ジルベルト氏の突然の訃報に驚くとともに、偉大な方との別れがとても残念でなりません。死因はいったい何だったのか。残された家族はどうされているのか・・・。気になったので、調べてみました。

ジョアン・ジルベルト氏の死因となった病名は?

毎日新聞によると

ブラジル・メディアによると、ボサノバの父と呼ばれたジョアン・ジルベルトさん(88)が6日、リオデジャネイロの自宅で死去した。近年、体調を崩していた。

と伝えており、時事ドットコムでも、

ジョアン・ジルベルト氏(ブラジルのボサノバ歌手、ギター奏者)家族によると6日、ブラジル・リオデジャネイロの自宅で死去、88歳。病名は不明。数年前から体調を崩していた。

と、伝えており、近年、体調を崩していたことが分かります。

そして、AFP通信では、

ブラジルの伝説的歌手・ギター奏者のジョアン・ジルベルト(Joao Gilberto)さんが死去した。88歳だった。息子のジョアン・マルセロ(Joao Marcelo)さんが6日、明らかにした。死因には言及しなかった。

としており、家族からも死因については、明らかにされないようです。

享年88歳だったことを考えると、何かしらかの病気や不調があってもおかしくはないですし、天寿であったとも考えられなくはない年齢です。

しかし、ファンにとってみれば、残念でならないですし、惜しむ声が後を絶たないのも最もですよね。

そのように考えると、気になってくるのは、彼の一番身近にいた残された家族です。彼には、どんな家族がいたのでしょうか。そして今、どんな思いでいらっしゃるのでしょうか・・・。

ジョアン・ジルベルト氏の家族は?

1956年に、ブラジル出身のボサノヴァ・ジャズ・ポピュラー音楽のシンガー アストラッド・ジルベルトさんと結婚。1960年、息子であるマルセロ・ジルベルトさん(音楽家)が誕生。そして、離婚。

その後、シンガーのミウシャさんと結婚。1966年に娘であるベベウ・ジルベルトさん(シンガー)が誕生。そして、離婚。

そして、最後の妻となったのが、40歳年下のジャーナリストのクラウジア・ファイソルさんなのですが、彼女とも離婚をしています。

また、75歳の時には、リオデジャネイロに住む彼のファンとの間に2歳になる娘がいた!などと報道される過去があるなど、しっとりとした繊細な音楽を奏でる一方で、自由奔放なプライベートがあったようですね。

ジョアン・ジルベルト氏の晩年

AFP通信は、

晩年は巨額の負債を抱え、リオデジャネイロの借家で独りきりで暮らしていた。

とし、

晩年はいずれもミュージシャンの息子マルセロさんと娘ベベウ・ジルベルトさんが、40歳年下のジャーナリストで、ジルベルトさんの最後の妻となったクラウジア・ファイソルさんと対立。

とも伝えており、この対立にジョアンジルベルト氏も巻き込まれたことが、クラウジア・ファイソルさんとの離婚理由だとも言われているようです。

また、

マルセロさんとベベウさんは、ファイソルさんがジルベルトさんの心身の衰えに付け込み、経済的破綻をもたらしたと非難していた。

2017年末、ジルベルトさんはもはや自分のことを自分ですることができないとみなされ、娘のベベウさんが法定後見人に指名された。

ともAFP通信が伝えていることから、ジョアン・ジルベルト氏の晩年は、金銭的にも困窮を極め、家族の間では揉め事が絶えず、心身ともに追い詰められる状況があり、衰弱しきっていたのではないか…とも考えられます。

華やかなステージの裏には、ファンからは見て取れない様々な人間模様があり、激しく生きた人だからこそ、人々の心を震わす名曲を残すことができたようにも思います。

訃報を知った今日、七夕にも関わらず、朝からしっとりとした雨が降っていて、氏の音楽がしっくりくる空模様です。繊細なジョアン・ジルベルト氏のボサノヴァを聴きながら、ご冥福をお祈りしたいと思います。

https://youtu.be/Y1lNF6UvyaE